平和のために戦争をしますか?
ある経営者に、「最終的には何をやりたいのですか?」
と質問をすると、こんな答えが返ってきました。
「私は将来、子どもたちに良い教育を受けさせてあげるために
学校を作りたいんです。そのためには資金がどうしても必要なので、
今はこの事業で資金作りをしているんです」
従来の経営者たちには、
こういう発想の人が実に多かったように思います。
一見素晴らしい考えのように見えますし、
世間からも立派な経営者だと思われるでしょう。
しかし、この考え方は本当はおかしいのです。
なぜならば、目的のために手段を選んでいないからです。
学校を作るために今は違う事業でお金を稼ぐというのは、
平和のために戦争をやるのと全く発想は変わりません。
良いことをやるために手段を選ばないという人が実に多いのです。
そういう人は、
結局は最初から最後までその手段の方で終わってしまうのです。
そういう立派な目的を掲げて、そのために別の事業をやっている人で、
最終的に本来の目的を達成した人を私は見たことがありません。
実に多くの人が、本来の目的の方を置き去りにして、
それを達成するための手段に一生追いかけられてしまっているのです。
良い家を建てるのは、家族が幸せに暮らすために他なりません。
ところが、家のローンを返済するために仕事だけに奔走して、
家族が崩壊してしまうという過ちを犯してきたのです。
まさに本末転倒なのです。一家が幸せになることが目的であって、
良い家を建てることはその手段に過ぎないのです。
先の経営者の例も同じです。
そもそも学校というのはカタチに過ぎません。
カタチは後からついてくるものなのです。
カタチよりも先に中身をやらなければならないのです。
何も学校という器がなくても、
「子どもたちに良い教育を受けさせてあげること」はできるのです。
中身の質が向上してきたら、自然と評判を呼んで採算も取れるようになり、
カタチも後から整ってくるのです。
ですから、問題は中身の質なのです。
どんなに立派な建物を建てても、中身が伴わなければ何にもならないのです。
従来の成功法則のパラダイムで生きてきた人は、目的と手段を
いつのまにか混同してしまうという基本的なミスを犯しがちなのです。
私が本書を通してお伝えしていることは、
私たちの心の奥にもともとある良い心、
誠意(まごころ)が自然と湧き出てくるようになることを目的にします。
そして、その心を行動に現していくこと自体が目的を達成しているのです。
従来のように、何かをやるということを一番の目的にはしません。
どういう心が出てくるようになるのか、それ自体が一番重要な問題なのです。
澄みきったきれいな誠意(まごころ)が自然と出てくるようになったら、
もうその時点で目的は達しているのです。
目的を達成するのに、時間は存在しません。
ですから、そこには手段も存在しないのです。
「目的のためには手段も選ばず」ではなく、
手段そのものも目的にならなければならないのです。
そして、その湧き上がる誠意(まごころ)を現すことで、
自分が本当に喜んでいて、
そしてまわりの人たち全員に喜びの輪が広がっていることが大切です。
お金も、目的ではなく、
その誠意(まごころ)を出し、現した結果なのです。
【ポイント】
目的と手段をもう一度見直そう