良い教えを学ぶと、お金は遠ざかる?
一般的に、成功法則や宗教、倫理、道徳は、
「良い教え」の学びをするものが多いようです。
たとえば、宗教の信者たちは、
「良い教え」を聞くのがありがたいような気になっています。
しかし、実は、「良い教え」を聞けば聞くほど逆効果の可能性が高いのです。
「良い教え」ですから、誰も問題だとは思わないのですが、
そこに大きな落とし穴があるのです。
私は「良い教え」を一生懸命勉強している人で、
家族も含めて輝いて生きている人をあまり見たことがありません。
なぜかと言うと、
「良い教え」を教われば教わるほど「頭の記憶」がプラスになり、
「遺伝子の記憶」に溜まったマイナスとのギャップが大きくなるからです。
そうすると、自己矛盾が起きてきます。
「プラス思考で、愛と感謝の心を持って…」
と散々勉強しているにもかかわらず、
現実には実行できていない自分を知っていますから、
「私はどうしてダメなんだろう…?」と自分を責めてしまうのです。
学べば学ぶほど自己嫌悪にかかってしまいます。
二つの自分の声が聞こえてきて悩みがますます深くなります。
それでも、教えてくれる団体や環境の中にいる間だけは良いのです。
なぜなら、「良い教え」をたくさん聞いていますから、
その時は良くなったような気になるからです。
しかし、それは錯覚に過ぎませんから、
一歩外に出ると現実とのギャップに悩まされるのです。
そうなると、ますますその環境から抜けられなくなります。
中にはこの仕組みを逆手にとって「ここにいたら楽ですよ」と、
うまく利用されてしまう場合もあります。
教えに依存してしまうのです。
本来は一人一人が自立していかなければならないものです。
そして、日常の生活に活かせなければ何も意味がないのです。
もう一つ、「良い教え」を学ぶことの弊害は、
他人を裁く心が生まれることです。
頭で「良い教え」を学び過ぎると、自分のことは棚に上げて
「あの人はなっていない」「あの人はまだまだダメだ」と、
自分が学んだことに基づいて人を裁いてしまいます。
人を見下してしまいますから、当然人間関係もおかしくなってしまいます。
ですから、どうしても遺伝子の記憶を何とかしなければならないのです。
頭で学ぶことでは解決できないということはわかったと思います。
いくら頭脳にプラス思考や「良い教え」をたくさんインプットしても、
過去の記憶を変えることはできないのです。
では、過去の記憶を変えるには、一体どうしたら良いのでしょうか?
続きは次回のお楽しみです。
ポイント
むやみに良い教えを頭にたたきこまない