心を広くする方法
「清濁あわせ飲む」
とても短い言葉ですが、奥深い言葉でもあります。
目の前に、にごった水があるとします。
にごっていて汚いと思うのは、
ある観点からの判断です。
にごった水に住む動植物にとっては、
にごった水のほうがきれいなのです。
また、混ざっている砂のひと粒ひと粒が
にごっているわけではありません。
ことなる観点から見ると、
見えかたがまったく違うのです。
「清濁合わせ飲む」
とは観点により見え方が違うことを認めることです。
相手が間違っていると言って攻撃する人は、
小さな世界の住人です。
自分たちだけが正しいと思い、行動し、
人を裁いている危険性があります。
もし自分の主張に反対する意見が出たら、
それに感謝すべきです。
ものごとを違う側面から
見る人もいると教えてくれているからです。
ただし、「清濁あわせ飲む」
とはすべてに迎合することではありません。
相手の言い分をまず一度受け入れてから、
自分の信念を主張するのです。
こうすれば、相手は心を開きます。
相手とのあいだに壁ができません。
北風と太陽という童話では、
北風は旅人のコートを脱がすことはできませんが、
太陽が暖かい日差しを浴びせると、旅人は自らコートを脱ぎます。
人間の心も同じです。
攻撃したり、戦ったりすれば、
相手も心を閉ざし、泥ジアイになります。
すべてを包み込み、
相手を心から変えられる人がほんとうの指導者です。
「清濁あわせ飲む」広い心をもってください。