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2007年05月18日

平和のために戦争をしますか?

ある経営者に、「最終的には何をやりたいのですか?」
と質問をすると、こんな答えが返ってきました。

「私は将来、子どもたちに良い教育を受けさせてあげるために
学校を作りたいんです。そのためには資金がどうしても必要なので、
今はこの事業で資金作りをしているんです」

従来の経営者たちには、
こういう発想の人が実に多かったように思います。

一見素晴らしい考えのように見えますし、
世間からも立派な経営者だと思われるでしょう。

しかし、この考え方は本当はおかしいのです。
なぜならば、目的のために手段を選んでいないからです。

学校を作るために今は違う事業でお金を稼ぐというのは、
平和のために戦争をやるのと全く発想は変わりません。
良いことをやるために手段を選ばないという人が実に多いのです。

そういう人は、
結局は最初から最後までその手段の方で終わってしまうのです。

そういう立派な目的を掲げて、そのために別の事業をやっている人で、
最終的に本来の目的を達成した人を私は見たことがありません。

実に多くの人が、本来の目的の方を置き去りにして、
それを達成するための手段に一生追いかけられてしまっているのです。

良い家を建てるのは、家族が幸せに暮らすために他なりません。
ところが、家のローンを返済するために仕事だけに奔走して、
家族が崩壊してしまうという過ちを犯してきたのです。

まさに本末転倒なのです。一家が幸せになることが目的であって、
良い家を建てることはその手段に過ぎないのです。

先の経営者の例も同じです。
そもそも学校というのはカタチに過ぎません。
カタチは後からついてくるものなのです。

カタチよりも先に中身をやらなければならないのです。
何も学校という器がなくても、
「子どもたちに良い教育を受けさせてあげること」はできるのです。

中身の質が向上してきたら、自然と評判を呼んで採算も取れるようになり、
カタチも後から整ってくるのです。

ですから、問題は中身の質なのです。
どんなに立派な建物を建てても、中身が伴わなければ何にもならないのです。

従来の成功法則のパラダイムで生きてきた人は、目的と手段を
いつのまにか混同してしまうという基本的なミスを犯しがちなのです。

私が本書を通してお伝えしていることは、
私たちの心の奥にもともとある良い心、
誠意(まごころ)が自然と湧き出てくるようになることを目的にします。

そして、その心を行動に現していくこと自体が目的を達成しているのです。
従来のように、何かをやるということを一番の目的にはしません。
どういう心が出てくるようになるのか、それ自体が一番重要な問題なのです。

澄みきったきれいな誠意(まごころ)が自然と出てくるようになったら、
もうその時点で目的は達しているのです。

目的を達成するのに、時間は存在しません。
ですから、そこには手段も存在しないのです。

「目的のためには手段も選ばず」ではなく、
手段そのものも目的にならなければならないのです。

そして、その湧き上がる誠意(まごころ)を現すことで、
自分が本当に喜んでいて、
そしてまわりの人たち全員に喜びの輪が広がっていることが大切です。
 
お金も、目的ではなく、
その誠意(まごころ)を出し、現した結果なのです。


【ポイント】
目的と手段をもう一度見直そう

2007年05月11日

暗示の弊害

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「私はお金持ちになる・・お金持ちになる・・」
 こんな自己暗示をかけて、
お金を手にしようと真剣になっている人がいます。

こういう手法は、
一般的にアファーメーションとかイメージトレーニングといわれています。

「必ず私にはできる!」とか「やるぞ、やるぞ!」
というように自分に繰り返し言って、

自己暗示をかける方法がアファーメーションで、
自分が目標を達成した姿をイメージするのがイメージトレーニングです。

私もそういうことを散々やった時期はありました。
しかし、事実上、良かれと思って行うこれらの方法には弊害があるのです。

アファーメーションにもある程度の効果があるのは事実です。
しかし、アファーメーションは「自己暗示」です。

「暗示」という字の如くまさに実体がないのです。
「暗示」というのは、催眠術と同じなので、事実とは違うのです。

目の前にあるイミテーションのダイアモンドを
自己暗示によって本物のダイアモンドに変えることはできません。

事実を見ていくことが大事なのです。
自己暗示は事実を見ていないのです。

長年生きてきた体験や経験の中で
「自分には無理だ」と思っている人に、

「できる、できる!」と何度頭に言い聞かせてみても、
それではできるわけがないのです。

今までの体験をどう受け止めるかという、
過去の体験への思いを変えていかなければいけないのです。

「あれは失敗だと思っていたけど、本当は違うんだ。
あのことによっていろんな学びがあったんだ!」と。

失敗だと思っていたことが、実は全部成功だったのだということに目覚めた時、
本当の自信になるのです。

毎朝毎晩、アファーメーションをしても、
部屋中の壁に言葉を貼っておいても、どんなに徹底して自己暗示をしても、

変わるのはほんの一瞬に過ぎないのです。
暗示によって永続的に変わった人を、
私は今までただ一人も見たことがありません。

従来の成功法則では、
そうやってみんな成功していると言っていますが、

それは成功した人を調べたからです。
成功した人たちの表面を見ているのに過ぎないのであって、

その人がどういう生い立ちで、どういう生き方で、
ということはそれほど調べていないのです。
形だけを見ているのです。

ごくごくわずかの大成功者だけを調べた結果なのです。
そういうごく一部の人だけの共通点であって、
一般の人には全然通用しません。

こんな方法を勉強したら、
普通の人は却って混乱してしまいます。

そもそも従来の成功法則では、成功というものを、
人間としてどう生きるのかという観点で捉えていません。

命というスケールでは観ていないのです。
一種のゲームのような捉え方をしています。
ですから、あくまでもノウハウなのです。

しかし、例え人生をゲームとして捉えたとしても、
私から見たらそのゲームさえこの方法では成功していません。

なぜなら、これを勉強したら成功すると、
ほとんどの人が錯覚してしまうからです。

錯覚してしまって、
今自分がやらなければならない大事なことを
やっていない可能性があるのです。

なぜこの方法がほとんどの人に当てはまらないかというと、
過去の人生経験がみんなそれぞれ違うからです。

育ってきた環境も遺伝子も、何もかもが違う人が、
彼らと同じようにやっても成功できるわけがないのです。

暗示はインプットです。

インプットするのではなく、
本来あるものをアウトプットしていかなければ、
事実は見えなくなります。

インプットして「できると思おう!」とするのではなく、
自然と湧き上がってくる思いをさらに放出していくのです。

その自然に湧き上がってくる、心には、
もともと人間の誰もが求めている誠意(まごころ)があるのです。

暗示で上っ面だけの誠意(まごころ)を言い聞かせなくとも、
もともとある誠意(まごころ)をそのまま出していけばよいのです。

【ポイント】
あなたの中にもともとある、お金に好かれる性質をアウトプットしよう

2007年05月06日

本当に「思いどおり」になりたいですか

従来の成功法則では、
一貫して「思いが実現する」と言っています。

しかし、思いと言っても、
それがどこから出てくる思いなのか、その出所が問題なのです。

大きなトラウマを持っていたり、
人に悪意を持っていたらどうでしょう。

「自分だけが良ければ良い」
という自己中心的な思考しか浮かんで来なかったらどうでしょうか。

そして、もしそんな思いが実現したとしたら、
本当にそれが本当に良いと言えるでしょうか。

確かに、思いが実現する、ということは、
心の法則の観点から見ても事実ではあります。

しかし、仮に、そういった自己中心的で、
他に悪意があるような類の思いが実現したとしても、

今度はまわりの人たちから
強烈な反発を浴びることになるでしょう。

なぜなら、自分一人の思いだけではなく、
まわりの人たちの思考も同時に存在するからです。

エゴ的な思いを持った時には、
他の人とぶつかり合うことになってしまうのです。

たとえば遺産相続で、
一億円の財産を五人で分けることになったとします。

それをそのうちの一人が五千万円相続しようと思ったとしたら、
何が起きるでしょうか。

そうすると、恐らく他の人たちも同様に、「それならば私も…」と、
できる限り多く相続しようと思ってもおかしくありません。

すると、その結果、
身内で大喧嘩になることは目に見えています。

そして、思いの強い人が、他の人を蹴落としてまでも、
自分だけが少しでも多く得ようとするでしょう。

その結果は身内の大喧嘩に発展することでしょう。

自己中心的な思いを強く持っていたら、その「思いが実現」して、
いつもケンカが絶えなくなるのです。

これが国という単位になると、戦争に発展してしまいます。
ですから、その思いの出所が大事なのです。

私たちの思いは、私たちの“心の貯水タンク”から出てくるのです。
その“心の貯水タンク”が濁っていれば、濁った思いしか出てきません。

ですから、“心の貯水タンク”の中身が問題なのです。

“心の貯水タンク”の中身が濁っている人は、
過去の辛く苦しい、忌まわしい体験や経験によって
マイナスの記憶が多く心に刻まれている状態です。

そういう場合、
そこに貯蔵された心をきれいに浄化しなければならないのです。

きれいに浄化して、澄みきった心、
誠意(まごころ)あふれる心で満たされれば、
澄みきった良い思いしか出てきません。

その時には、
その澄みきったきれいな思いが実現するのです。

澄みきった思いが実現すれば、
世の中は間違いなく良くなっていきます。

澄みきった思いを出せば出すほど、あなたは喜びに溢れ、
そして、まわりの人たちにも喜ばれるようになります。

まわりの人たちをも幸せにできるのです。
あなたの澄みきった思い、誠意(まごころ)が、
まわりの人たちの澄みきった思いを引き出すことができるのです。

その結果、人とぶつかり合うことはなくなります。
すると、その人との心の流れに乗って、
あなたにお金が自然と流れてくるようになります。

エゴ的な思いを実現させるのではなく、
誠意(まごころ)の心から出てくる思いを現実に現して行くことが、
一時的でなく、永久不変にお金に愛される法則なのです。

2007年04月20日

願望だけではお金はやってこない

より多くのお金を得たものが成功者であるとして、
経済的な成功を手にするための方法を多くの人が学んできました。

そのひとつとして、従来の成功法則の教えや、
願望実現法などで言われていることは“強い願望を持つこと”です。

時には、“渇望”という言葉で私たちの欲望を煽ってきました。
“強い願望を持ち続ければ、必ずあなたの夢は叶うのだ”と言われてきました。

では果たして、本当に強い願望を持てば、
お金はやってくるのでしょうか。

実際に成功法則の体現者で引き合いに出されるような
億万長者を成功者とすると、

成功者の割合は、
おそらく何百万人に一人になってしまうでしょう。

後の人たちは、みんな失敗者ということになってしまいます。
つまり、従来の成功法則の価値観からいくと、
成功者になれる確率は極めて低いのが紛れもない事実なのです。

ですから最初から諦めて願望を持つことをやめてしまうか、
諦めずに願望を持ち続けてそれを達成するまで我慢するか、
どちらかになってしまうのです。

諦めずにがんばっても、結果的に本当に願いが叶ったという人は、
このようにごく一握りですから、後の人たちはみな敗残者になってしまうのです。

ただ、敗残者とは認めたくないから、
それなりの言い訳を用意して生きているのです。

“強い願望を持つことだ”と教えられたら、
私たちはどんな願望を持つでしょうか?
どんな夢や目標を持つでしょうか?

“願望を持ち続ければ、必ずあなたの夢は叶う”
と良い聞かされた時、本当は自分は野生馬なのに、
サラブレットになる目標を持ってしまう可能性があるのです。

野生馬は絶対野生馬にしかなりません。
ところが、みんなから賞賛される華やかなサラブレットの姿に憧れて、
「私もああなりたい…」という願望を持ってしまうのです。

動物はそういう間違いは絶対に犯しませんが、
人間だけはそういう間違いを犯してしまうのです。

経営者に全く向いていない人が、
経営者になったら成功じゃないかと思って会社を興す願望を持ってしまいます。

そして、がんばってがんばって独立して経営者になったとしても、
ストレスが溜まり病気で早く死んでしまったら元も子もありません。

仕事は何とかうまくいってお金は増えてきたけど、
家庭は崩壊寸前という人も大勢います。

バブル経済の崩壊から始まり、
最近の証取法違反容疑でつかまった時価総額世界一という

強い願望をもって突き進み、一時的に大金を手にした人が、
儚くも消え去るという実例が何かをものがたっていることは、
誰もが感じているのではないでしょうか。

ほとんどの人は、こうした固定化された成功法則の教えのために、
本来の自分の姿を見失い、他の人を見て、

あの人みたいに金持ちになりたい、こうなりたい、
という願望を持ってしまうのです。

あの人と私とは、
生まれる前から全然違うのです。

私たちは、外の誰かを見てそこに願望を持つのではなく、
一刻も早く内なる自分を深く見つめることが大切なのです。

そして、自分にしかできない、
生まれながらにして自分に与えられている使命を知ることなのです。

何も、願望を持つことがいけないということではないのです。
人が喜ぶことへの願望は、いくら強く持ったとしてもいいのです。

なぜなら、多くの人を喜ばせ、幸せにさせることができた人こそ
、結果的に一番喜ぶことができる人になれる、
という普遍の真理があるからなのです。

自分の個人的な、浅はかな願望を持つのではなく、
深く深く自己に内在する本当の自分の誠意(まごころ)を見つめることによって、
大いなる宇宙から与えられた自分の使命を果たすことに焦点を絞るのです。

外にある何かに願望を持つのではなく、
本来の自分を最大限活かすことに願望を向けることが、

お金に愛される永久不変の誠意(まごころ)の力を呼び覚ますことになるのです。


ポイント
自分が喜ぶ願望でなく、人を喜ばせる願望を持つ