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2008年07月19日

自分の役割を理解する

調和と発展は一体です。
調和がなければ発展はないからです。

人間は一人ではなく、
周りの人々と関わりあって生きています。

私たちは社会組織の一員として、
調和をとるために全体の目標と理念が必要なのです。

目標が明確になり、全体の調和がとれ、
それに向かって全員で力を出し切れば、必ず発展していきます。

全体の目標を実現するためには、
個人的に好きとか嫌いとかは言っていられないのです。

野球の野手が、投手のことがキライだから協力したくないと、
飛んできた打球を捕球しなかったらどうなるでしょうか。

試合に勝つためには、私情を捨てて、
チームが一丸となって力をあわせていかなければなりません。

また、バレーボールの試合で、
人がいない場所にボールが飛んできたときに、

自分のポジションではないからと、
まったく無関心にボールを拾いにいかなかったらどうなるのでしょうか。

会社組織にも、
自分の仕事以外には無関心な社員がいます。

そのようなときは、実は、
組織としての目標が明確になっていないことも多いです。

組織全体として、何をするのか、ということを、
個人が知っておくべきです。

全体の流れをつかんで、
自分のやっている仕事の意味を知るのです。

調和をとるというと、個人を同じ枠のなかに入れて、
同じようにあつかうことなのだと誤解されることもありますが、
そうではありません。

調和とは、それぞれの立場や役割で、
自分の個性をだすことです。

2008年07月12日

心を広くする方法

「清濁あわせ飲む」
とても短い言葉ですが、奥深い言葉でもあります。
目の前に、にごった水があるとします。

にごっていて汚いと思うのは、
ある観点からの判断です。

にごった水に住む動植物にとっては、
にごった水のほうがきれいなのです。

また、混ざっている砂のひと粒ひと粒が
にごっているわけではありません。

ことなる観点から見ると、
見えかたがまったく違うのです。

「清濁合わせ飲む」
とは観点により見え方が違うことを認めることです。

相手が間違っていると言って攻撃する人は、
小さな世界の住人です。

自分たちだけが正しいと思い、行動し、
人を裁いている危険性があります。

もし自分の主張に反対する意見が出たら、
それに感謝すべきです。

ものごとを違う側面から
見る人もいると教えてくれているからです。

ただし、「清濁あわせ飲む」
とはすべてに迎合することではありません。

相手の言い分をまず一度受け入れてから、
自分の信念を主張するのです。

こうすれば、相手は心を開きます。
相手とのあいだに壁ができません。

北風と太陽という童話では、
北風は旅人のコートを脱がすことはできませんが、

太陽が暖かい日差しを浴びせると、旅人は自らコートを脱ぎます。
人間の心も同じです。

攻撃したり、戦ったりすれば、
相手も心を閉ざし、泥ジアイになります。

すべてを包み込み、
相手を心から変えられる人がほんとうの指導者です。

「清濁あわせ飲む」広い心をもってください。